11歳で、モーニング娘。のオーディションを受ける

2019年7月10日 更新 WORK
11歳で、モーニング娘。のオーディションを受ける
Hola!ニーニャです。
以前、[渋谷でスカウトを受けた、17歳。]という記事を書きました。その前の小さい頃のお話です。

芸能人になりたいと思っていた

 (429)

私は、幼少期から[大人への憧れ]を強く持つ子供でした。人形でお洒落をしたり、髪を結ったり、次第に母の化粧品にも憧れ夜中にこっそり使ってメイクしてみたり。小学生でお小遣いをもらうようになってからはお金を貯めて雑誌を買ったり、香水を身につけたりお洒落な洋服を探しに行ったり、自分で服のデザインをして布を選び独学で作ってみたり。そんな子供でした。今思うと美意識は子供の頃から高かったように思います。

雑誌に憧れる

同世代の子たちが、コミック漫画にハマる頃私は毎月雑誌を数冊買い、美容について勉強したりモデルさんの存在に憧れが募っていきました。いつか私もこうなりたい。そう思って小学生の頃は”セブンティーン”を愛読していました。当時、榮倉奈々さんや、鈴木えみさん、北川景子さん、水原きこさん等が中学1,2,3年生で出ていた時代です。中学生になるとこんなにもっとお洒落が出来るんだ!と沢山のことを真似していました。同じリップクリームを買ってみたり、同じブランドのポーチを買ってみたり。

モデルという仕事

 (430)

水原きこさんがセブンティーンモデルになる雑誌オーディションを応募開始の頃から細かくチェックし、どんな子がモデルになれるのか?等小学生ながらに研究していました。

そんな雑誌を読み漁っていた日々で、私の大好きなモデルさんが舞台に出演した取材の記事を見つけたのです。その時、「モデルさんはモデルだけじゃなく、幅広く仕事をしているんだ」と認識し、益々モデルという仕事へ興味が湧きました。私もチャレンジしてみたい!そう思って、小学6年生の頃憧れていた[モーニング娘。]のオーディションを受ける事を決意。

オーディション開始されていたのは知っていたのですが、なかなか言う勇気が出ず書類選考の締め切り前日になってしまいました。今までモデルや芸能人になりたいなんて一言も言えなかった私が、勇気を出して、母に伝えました。母はびっくりしていましたがすぐに受け入れてくれ、その日にビデオ撮影し無事デモを送ることが出来ました。

選考結果

当時の記憶は曖昧ですが、テレビ番組でもオーディションが密着で行なわれていて、4次選考に進める子は全員テレビに映れる。という内容でしたが4次選考へ進むことはは出来ませんでした。ただ、3次選考に進んだ子のデモテープは流れるとのことで、数秒でしたが私のデモテープを番組内で流れたのがしっかり目に焼き付いて今でも覚えています。

当時、そのオーディションで合格したのは「高橋愛さん、紺野あさみさん、小川真琴さん、新垣里沙さん」でした。最終選考で木下優樹菜さんも残っていて、最後の最後に彼女が落ちてしまった時はなんだか自分のことのように落ち込んだ覚えがあります。数年後にテレビで活躍されてから、あの頃の気持ちが蘇ってきました。輝ける人は、ずっと努力し続けてきた人なのだと、心から感じた時です。

思いが再び

 (431)

モーニング娘。オーディションを落ちてからというもの、私はめっきりやる気をなくしてしまいました。怖くなってしまったのです。しばらくは芸能人になりたいという思いは捨て、お洒落が大好きだったのでデザイナーになりたい夢を目指し始めました。中学、高校とデザイナーになりたい夢を追い続けていましたが、17歳の頃にあるきっかけがありました。それが最初に書いたこの記事です。
それからまた、モデル・歌手になりたい夢が再熱しました。チャレンジすることには、勇気が必要。でも、何事にも勇気がないと何も進まない。ダメになってもいい、悔しい思いをしても悲しい思いをしてもいい。チャレンジしてみたい。そう思えるようになったのです。それが[勇気]でした。私には根拠のない[出来る自信]もありました。それはきっと小学生から高校生の間で培った自分への自信だと思います。人前に出たり、何かを披露したり、少しずつですがきっと夢と近い事をしていたのです。