ママ友のはずがストレスの根源。しつこい干渉ママをバッサリ!

2019年8月21日 更新 PEOPLE
ママ友のはずがストレスの根源。しつこい干渉ママをバッサリ!
「50歳を過ぎたら余計な人付き合いはやめましたのよ」

私が30代の頃、茶道のお稽古をご一緒していた方の言葉です。印象強くずっと心のどこかに残っていた言葉でした。

好きな人とだけ心穏やかに過ごしているとのこと、いつもお着物姿で凛とした素敵な女性の言葉には、芯の強さを感じたことを覚えています。

50代になった今、その言葉がしっくりきている自分自身がいます。私も人付き合いの断捨離を徐々にはじめたのです。

私が経験した人付き合いでの気持ちの変化について綴ります。

はじめにおことわりです

ご縁は大切にしたいと常々思っています。お付き合いがはじまると長く、古い友人は幼少期からの関係です。
息子のおかげで出会えたママ友とは早いもので16年、今でも〝熟女会〟と名して時々集まる関係には感謝しています。

他にもつかず離れずの程よい距離感が心地よいご近所のママ友や友人、今の歳になってできたジム友·····たくさんの出会いがあり、会えなくともご縁が続く恩師、上司、同僚·····

出会いに感謝の気持ちを前提に。

変わってしまう友人関係

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結婚すると友人との関係も変わります。独身の頃の一個人としての付き合いとは違ってきました。仕方のないことです。

子供がすぐにできる人、できにくい人、欲しくてもできない人。DINKSを選ぶ人もいると思います。

不妊治療を頑張っている時に、友人の妊娠出産の連絡は正直心穏やかではいられません。

「おめでとう、よかったね。わー可愛い赤ちゃん」の言葉は必死なはずです。未熟な私はそうでした。

人付き合いで感じるのは、不運なことが起き悲しむ相手に寄り添うのは比較的簡単なのです。
逆は違います。〝自身の現状に関係なく〟相手の幸運を心から喜ぶことが出来るか·····なかなかそんな気持ちになれる人には出会えません。


反対に、私の身に起きる落差の激しい出来事のおかげで、その人の人間性がよく見えたのです。私自身の気持ちの確認にもなりました。


私は今も昔も、人に話しても解決しない〝出来事〟は何かに書くことによって気持ちの整理をしています。自分を客観視するクセがついているせいか、常に愚痴の塊にはなりたくないとも思っているからです。
その習慣のおかげで、当時の記憶を蘇らせることは難しくはないのです。

マイホーム購入で変わる

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同じ時期におめでたいことが起これば人間関係も平穏なのかもしれません、でも現実は違います。


マイホームにお祝いに来てくれたはずの友人は開口一番

「子供が生まれたらこの間取りは住みにくいわよね」

子供がいない、できない私への言葉です。

理解に苦しみました。嫌味を言われてしまう私自信の人間性にも問題山積なのだと思いますが。


書いていていて当時の気持ちが蘇ります。

右往左往

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幸い一男を授かった私ですが、息子が生まれる前も生まれてからも心穏やかではいられない日々でした。

「○○はアトピーになるからダメよ」

「○○は食べさせない方がいいわよ、それは飲ませたらダメよ」

「英会話は生後6ヶ月から習わせないと手遅れになるらしいわよ」

「丈夫に育てるにはスイミングを習わせた方がいいわよ」


情報攻撃は息子が成長し、新たにできた友人からも続きます。


「中学受験しないと高校受験はもっと大変よ」

「あそこの塾はお受験に強いわよ、そこはだめよ」

心がざわつきます。

有難いはずの言葉に耳を塞ぎたくなりました。




子供のことになると母親は必死です。


子育てに自信がなかった私は、周りからの情報に右往左往、一喜一憂してしまったわけです。


今となっては大したことではなく思えるのですが、当時の私には助言を受け入れる余裕がなかったのです。

断捨離

 (2677)

友人の言葉に振り回されていた私が、ひとりのママ友と縁を切りました。心のざわつきを断捨離したのです。

情報通の彼女は色々なことを教えてくれる存在でした。趣味が同じで息子同士も同級生の彼女とは、毎日のように連絡を取り合い、習い事も一緒、ランチやショッピングにもよく出かけていました。お互いの家にも行き来をし、とても仲のよい関係だったと思います。

でも、会う度に気になっていたこと·····

「○○ちゃんはお行儀が悪い」
「ママ友の○○さんは躾がなってない」
「親に頼ってて子育てしてるって言える?」

などなど、会話の内容が他所の家庭、子育てについての批判なのです。それも大半が彼女の近しい友人のことだから問題なのです。

地元事情にとても詳しい彼女です、最初は面白可笑しく聞いていました。私も気をつけなきゃと思いながらも会話を楽しんでいたと思います。
それがだんだんとストレスに変わっていったのです。

息子と共に彼女のお宅にお邪魔した際には、息子の〝お行儀〟が必要以上に気になり、行動を目で追っては些細なことで叱っていました。

うちのことも他所で言われているんだろうな·····とはどこかで思いながらも、躾のことは言われたくはありません。神経ピリピリになっていったのです。

彼女との付き合いも6年が過ぎていました。我が家の子育てに干渉は続き、ストレスはピークに達していた頃、我が息子の批判、事実とは違うことを彼女から聞いた·····と共通の友人が教えてくれたのです。簡単に言えば悪口!書く気にもなれないくだらない内容です。

やっぱりね·····と思うと同時にメラメラと怒りが込み上げてきました。爆発を心待ちにしていたかのように私にスイッチが入ったのです。縁を切る〝きっかけ〟を待っていたのだと思います。

くだらないとは言え、母親は子供のことを悪く言われると正気では居られなくなります。納得する内容ならともかく、不本意な批判を〝吹聴〟されることには怒り心頭です。
もうやってられない!と思った私は迷いもなく決行!

断捨離!を決めたのでした。
着信拒否!!

理由を知らない彼女はちんぷんかんぷんでLINE攻撃が始まりました。

理由を教えて、悪いところは直すから、私たち親友でしょ、、

毎日毎日続きます。薄っぺらな親友発言に可笑しくなりました。

「ごめんなさいね、お元気で」理由は言わなくてもわかっているはずです。言っても仕方のない相手には説明は無駄な時間!

彼女との数年に渡るお付き合いは終わりました。

自分らしく

親しいママ友をひとり失い悲しいはずの出来事ですが、縁を切ったらなんだかスーッとしたのです。

自由でいられる、自分を出せる、、なんといっても心が平和!彼女からの呪縛から解き放たれた開放感でした。

とても気持ちが楽になり、息子に対しても寛容になれた気がします。

要するに、私は人目を気にして子育てをしていたのです。いい子に思われたいが為に必死で、無駄なことをしていたのでした。


そのことがあってからは、余計な情報はシャットアウト!振り回されることをしなくなりました。自分の感覚を信じて子育てすることに徹したと思います。

人目を気にすることがなくなると、間違いなく心が穏やかになりました。素の自分でいられるのですから。

自分が自分らしくいられる人付き合い、この人好きだな、尊敬できるなと思える人とだけのお付き合いをしていくと、とても毎日が充実しています。

その人に会った後に心地よさが残る感じが基準です。また会って話したいと。ざわつきや疲れが残る相手はもう必要ありません。

人数の多さではなく、質の高いお付き合いをこれからもしていくことが出来たら心の平和は続くと思います。

人付き合いの断捨離は続きながらも、新たな出会いもあります。

知人は多くても友人と呼べる人は少ないのが現実ですが、それでも毎日心は穏やかです。