こんにちは!口唇口蓋裂ベビーママのmeiです。今回は、前回の出産編の続編の産後編です。

 

(出産編はこちらをご覧ください。)

緊急帝王切開の出産レポート【口唇口蓋裂ベビーママ】
緊急帝王切開の出産レポート【口唇口蓋裂ベビーママ】

緊急帝王切開での出産をして、産後すぐに息子は予め決まっていた病院に搬送されてしまい、別々の場所で夜を過ごすことになりました。息子と会えない時間を乗り越え、息子を自分の腕の力で抱きしめられる日を迎える為に、身体の痛みと戦いながら過ごした時間のお話です。

 

寂しさとの葛藤

 

帝王切開での出産が終わり、息子が搬送されてからすぐに転院先の入院手続き等を夫にお願いしました。私は手術室から安静室に運ばれ、いつの間にか眠っていました。

 

朝になり看護婦さんに起こされ、車椅子で2人部屋に移動となりました。

2人部屋といっても、もう1人の方との間には壁があり、天井は筒抜け状態だったので声だけ聞こえる1人部屋の様な空間でした。部屋に移動して少したった頃、夫から息子の写真が送られてきました。転院先の病院で口唇裂部分にテープが貼ってあり、真っ白の肌着を着てピンクのタオルに包まれた息子を見て、自然と涙がこぼれました。

 

"本当に私、赤ちゃん産んだんだ"

"この子が私の赤ちゃんなんだ"

"会いたい"

"抱き締めたい"

 

 

まだ数時間前までお腹の中に居た息子と離れ離れになり、触ることも出来ない悲しさが溢れてきました。麻酔が切れて下腹部の痛みを徐々に実感し、痛みと戦っていましたが、息子の写真を見ている時間は驚くほど痛みを感じませんでした。

 

私はすぐにでも息子に会いたくて、看護婦さんと先生が部屋に来た時に「いつ息子に会えるのか」と確認しました。そこで先生から伝えられたのは、私が息子のところに会いに行く為には、2つの条件を満たさなければならない。という内容。

 

1つ目は、支えが無くても1人で歩けるようになること。

2つ目は、退院前に会いに行くことは可能だが、3等身以内の親族の付き添いが必要であること。

 

 

この条件を聞いた時点では、まだベッド内で体を起こすことすら難しい状態で、支え無しで1人で歩くことができなかったので、退院前に会いに行けるような身体の状態ではないと感じていました。

そして付き添いが必要であるという条件に関しても、夫はタイミング悪く仕事が繁忙期で休みを取ることが出来ない時期であり、私の母親も精神的な持病があり外出は難しく、母子家庭で育った私は父親の助けを求めることが出来ませんでした。

夫の両親も頼めば来て貰えるかもしれないけれど、その時はいわゆる『ガルガル期』で、嫌悪感を抱いていた為、頼みたいと思えませんでした。

ガルガル期(がるがるき)とは、仔を出産したメスが外敵をガルガルと威嚇し仔を守ろうとする母性本能から気性が荒くなる期間を言うインターネットスラング。 産後ガルガル期とも呼ばれ。 出産後のホルモンの変化によて精神的なバランスを崩しやすい時期に出現する症状のひとつでもある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%AB%E6%9C%9F

 

看護婦さんに事情を伝え1人で行かせて欲しいと頼みましたが、

"私達(病院側)はお母さんを退院前に外に出すことは本当はしたくないの。お母さんの体に何かあったらって心配だから。だからせめて付き添いの人が居てくれないと許可は出せない。"

と言われてしまいました。

今思えば当たり前なことだけど、当時は"息子と私を引き裂くなんて酷い!意地でも1人で行ってやる!"と無茶な反抗心でメラメラと燃えてしまい「明日は支え無しで絶対歩く!」とすぐに体を起こす練習を始めました。

 

情緒不安定になる

産後は、ホルモンバランスが乱れている為、出産直後のお母さんはいきなり泣いたりイライラしたり、と自分ではどうしようも出来ないくらいに情緒不安定になります。

私も、息子に会いたいと願う気持ちは変わりませんでしたが、壁の奥から聞こえてくる同室のお母さんと赤ちゃんの声がたまらなく苦しくて、声を殺して布団に潜りながら泣いていました。

私の出産した病院は基本的に母子同室。個室の部屋が2つしか無く、埋まっていた場合は必然的に大部屋か2人部屋になるシステムでした。

 

私の場合は赤ちゃんが別の病院に居るため、病院の配慮で個室に入る予定でしたが、あと2日間程は空かない状態だったので隣のお母さんと赤ちゃんの声を聞きながら病室を移動出来るまでの時間を過ごしました。

隣のお母さんの笑い声、赤ちゃんの泣き声が羨ましくて仕方が無くて、でも何にも悪くない人達を妬んだり憎んだりしてしまう自分も嫌で、その気持ちを抑え込むことも本当に苦しかったです。

その時は"頑張るぞ!"という気持ちと"なんで私だけ..."という気持ちが常に行ったり来たりしている状態でした。。。

 

息子への愛の力

 

それからは、同室のお母さんと赤ちゃんの声を聞いているのが辛い、というのもあったけれど、"1人でも息子のところに行ってやる!"という無茶な気合いが入っていたので、点滴台やタイヤが付いている椅子などを使って廊下をひたすら歩く練習をすることに。

看護婦さん達から『傷が癒着してしまうから、なるべく起きて歩いて』と言われていたのですが、私はその"なるべく"の部分を無視して食事の時間以外は汗をダラダラ流しながら歩き続けました。

 

はじめは"起きて!歩いて!"と急かしてくる看護婦さん達に対して"スパルタの度が過ぎるわ!!!"と半ギレした時もありましたが、確かに歩けば歩く程、次の日の痛みが軽減されていくことを実感していました。

 

そして、産後3日目にして、中腰ではあるものの、支え無しで歩けるようになりました。

看護婦さん達に"頑張り過ぎ!もっと休んで!"と最初とは逆の注意をされることもありましたが、"息子と会いたい!""早く抱っこしたい!"という気持ちが私の足を止めませんでした。

 

やっと息子と対面

 

私が歩けるようになり、あとは付き添いの人を確保するだけとなった時、タイミング良く私の母の体調が良くなり、母の付き添いで息子の入院している病院へ行くことができました。

 

母が産院まで迎えに来た時、号泣しながら「ありがとう」と何度も言いました。

複雑な家庭で育った私は、母親と過ごす期間がほとんど無く、親子らしい接し方をしたことがなかったのですが、その時母に"母親らしいことさせてくれてありがとう"と言われました。

息子が産まれてきてくれたことで、今までギクシャクしていた私自身の親子関係も少しだけ前進した気がして、"息子は本当に天使なんだ"と思いました。

 

息子が入院している病院に着いて(息子)の母ですと名乗った時、自分が息子の母親だと改めて実感出来ました。

今までは息子の写真を見て胸を痛め、息子に会いたいが為に頑張っていたけれど、自分の腕の中にもお腹の中にも息子は居ないので、母親になったという実感がふわふわしていたんです。

"お母さんですね。こちらです。"と息子が入っているベッドがある部屋に通されました。

その部屋の中には30台程ベビーベッドがあり、その中にある息子のベッドが何故にあるかすぐに直感で分かりました。

 

出産してからやっと対面できた息子は、最後に私の手で触った時よりも、ふっくらしていて血色も良く、オレンジ色の肌をしていました。

夫から送られてきた写真と同じ、ピンクのタオルに包まれた息子はスヤスヤ寝ていましたが、私が息子の名前を呼んだ時、泣き出してしまいました。

 

"お母さんのこと分かったんだね"と看護婦さんに言われ私は号泣しました。

 

息子を抱き上げ、やっと息子の重みを肌で感じることが出来、"お待たせ"と声をかけ面会時間終了時刻までずっと息子に付きっきりで過ごしました。

まだ上手では無いけれど、ミルクは口唇口蓋裂ベビー用の哺乳瓶を使えば飲めるし、他の臓器の疾患も見つからなかった為、私が退院出来てしまえば、息子も退院出来ると説明を受けました。

 

息子と離れる時間になり、凄く辛くてたまらなかったけど、離れ離れのまま過ごす期間のゴールが見えたことで、今まで以上に"頑張るぞ!"と気合が溢れていました。

 

その日から退院の日まで、私は退院日までひたすら体を本調子に戻せるように動いていました。

帝王切開だったので、出産日の7日後が退院予定日でしたが、先生と看護婦さんが、私の頑張りを見て、"お母さん、赤ちゃんに早く会いたいよね。心配だけど退院にしようか。"と言ってくださり、予定より2日早く退院させてくれました。

そして、退院した日を含め7日間は毎日家と息子が居る病院を往復して過ごしました。

その6日間は、沐浴練習やミルクのあげ方、注意点や今後の流れ等の説明を受けたりして、息子と帰宅する準備をしていました。

 

そして、7日目の息子退院日。

その日は本来の息子の出産予定日でした。本当ならば、息子と初対面する記念日になる日でしたが、息子と一緒に帰宅出来る、また違った記念日になりました。

これから始まる、息子との生活。

後に待っている息子の数々の手術に不安を抱えていたけれど、息子と一緒に家路に着くことが出来るという幸せが溢れていました。

 

まとめ

 

息子を出産してから、一緒に家に帰る日までの間に、既に私の内面が"母親"になれていたんだと、振り返って感じます。

たった数分しか顔を合わせられなかった息子だけど、10ヶ月近い期間、私のお腹の中に居て一心同体として過ごしていた息子は、口唇口蓋裂があったとしても、愛しくて仕方の無いかけがえのない存在となっていました。

次回は、息子の初めての手術までのお話を書きます。

 

今、口唇口蓋裂ベビーを妊娠中のママさん、パパさんが、より具体的にリアルに産後の生活を想像しやすい様にと、できる限り細かく記載しました。

お腹の中の口唇口蓋裂ベビーと過ごす未来は凄く不安で仕方がないと思いますが、色んな決断の参考になれば、と思っています。

1人でも多く、不安を感じているパパママの目に届きますように。