「人生の挫折期を味わったけど、仕事もプライベートも美を追求する。」白岩まちこ Influencer Girl

2019年7月10日 更新 INFLUENCER
「人生の挫折期を味わったけど、仕事もプライベートも美を追求する。」白岩まちこ Influencer Girl
モデルとして多岐に渡り活躍している白岩まちこさん。
インスタグラムでは1,000いいね!を超える、なんとも女子ウケしそうなお写真ばかり!
また「周りの子と差をつける詐欺テク」と言う女子なら気にならずにはいられないコンテンツを発信しており、美容・メイクが好きな方は凄く勉強になります。

そんな彼女の、モデルとして活躍する前〜これからのことまで深掘りし、5つの記事にまとめています。


第一回目の本記事は《前職からフリーランスに転職した経緯》について語って頂きました。



質問:BLANCA編集部
回答:白岩まちこ
 (2987)

ー現在は、フリーランスでサロンモデルをメインでされているとのことですが、元々はどんなお仕事していたのでしょうか??
 (2980)

元々は、百貨店で働いていました。

配属は婦人服4年、婦人雑貨1年です。
関西に住んでいましたが最初の1年間は研修期間があり、東京の百貨店で働いていました。

1年目の研修期間は婦人服に配属になり接客の基本から、アパレルの基礎知識、社会人としての立ち振る舞いなどを教わり、あっという間に終わりました。

2年目に研修が終わり大阪へ戻ってきて、そのまま婦人服に配属かと思いきや、まさかの婦人雑貨に配属。

私が配属された婦人雑貨は、玄関2に位置していたので、とにかくお客様が多く、忙しい。
駅と直結している為、新幹線や電車の待ち時間に来るお客様も多く、急いでいるお客様が多い。

土地柄、海外からの観光客も多いので、接客の際に言葉に困ったり、ハンカチなどの婦人雑貨も取り扱いがある為、冠婚葬祭のお返しなどでご入用のお客様も多く、そういう知識も必要でした。

もう本当、とにかく色々語りつくせないほど大変でした。言うならば、1つの人生の挫折時期です。(笑)

そして社会人に少し慣れてきたかなーという3年目。婦人雑貨2年目!と思いきや、またまた、まさかの人事異動!!

3年目にして、婦人服のショップ店長を任されました。もう、ここでは語りつくせないほど色々大変でした。



私が務めていた会社ではキャリアアッププランがあり、大卒はだいたい3年目で店長クラスの職務に就き、その後試験を受けて、更に上の役職にステップアップしていくという流れ。

「辞めようかな。」と意識し始めたのは、3年目の終わり頃。

自分のしたい事とこれからのキャリアプランを考えた時に、方向性が違うと思い退職を決意しました。
入社したのは、当時22歳。店長になったのが24歳。退職したのは27歳の時だったと思います。
ー最初は、何故そのお仕事を選んだのですか?
 (2981)

漠然と、百貨店で働いている女性はいくつになっても綺麗でキラキラしている女性が多いと思い、憧れていました。
今振り返ると、学生の頃から考え方は変わっていないように思います。


《 いくつになっても女の子を楽しみたい。》


年齢や環境で制限されたりするんじゃなく、自分が好きなものだけに囲まれて女性として楽しみながら生きたいと思っていました。
また、百貨店の働き手は、圧倒的に女性の割合が多いので、育児休暇や産休、女性が働きやすい環境が整っていました。

結婚しても出産してもお仕事をしていたい私にとっては、働きやすい環境だと思い就職したんです。
ー大変失礼な質問で申し訳ないのですが、読者の方々へリアルを伝えるためにお給料面のお話もお伺いさせてもらえますか??
 (2982)

前職のお給料は、平均的な大卒のお給料だったかと思います。業績によってボーナスもあったし、給料が低いと言う子もいましたが、わたしは給料面での不満はなかったです。

接客業なので、世間がお休みのゴールデンウィークや年末年始などのお休みはなかったのですが、その分、年に数回1週間から最大9日か10日間ぐらいの連休をいただけるので、海外旅行にもよく行っていたし、むしろ満足していました!!

自分のしたい事と会社のキャリアプランにギャップを感じて辞めただけなので、半年ぐらいは好きなことを目一杯して、納得がいったらどこかに再就職するつもりでした。
ー退職にあたっての、金銭面の変化も教えていただけますか??サロンモデルのお給料の方が上回ったり…などはありましたか?
えっ!!全っ然、無収入です!!(笑)むしろマイナスです。(笑)
高校を卒業してから約10年間はノーギャラで撮影をやってました。もちろん交通費も実費です。

今でこそ、撮影に対する報酬をいただく風潮が出来ましたが、わたしがサロンモデルを始めた当初はそもそも謝礼という概念がなかったんです。

謝礼が出るのは雑誌の撮影ぐらい。それも交通費に毛が生えたぐらいです。でも、それでも全然よかったんです。

仕事という意識を持って撮影には行っていたけど、感覚的には趣味だったんです。
楽しくてやっている。というような。
ーそこからはどんなことがきっかけでフリーランスで活動出来るようになりましたか??
 (2983)

撮影のデータをInstagramに載せるようになったのがきっかけです。

元々、学生の頃からサロンモデルの撮影はしていましたが、SNSなどにはデータを載せていなかったんです。人の目が気になって、恥ずかしくて。(笑)

でもお仕事を辞めて、どこにも属さないようになった途端、自然と周りの目が気にならなくなりました。

それまでは街を歩いていて声を掛けていただいたところだけの撮影でしたが、SNSを始めてからは、色んなところからお仕事をいただけるようになりました。

あっという間に、1ヶ月の予定が埋まるようになっていったんです。
そこからアパレルやウェディング系の撮影をいただくようになり、今に至ります。
BLANCA編集部:
百貨店勤務の会社員から、フリーモデルとして活動していく経緯は、側から見ると輝かしく苦労が少ないように思いますが、ノーギャラで撮影をこなしていた過去をお伺いして、仕事と美への熱意が熱い姿勢を感じました。

次の記事では、《サロンモデルや、その他様々なモデルとして活動をすることになったきっかけ》を深掘りしていきます。