「13歳で単身上京。そして、思春期の寮生活」宮脇詩音 Influencer Girl

2019年10月24日 更新 INFLUENCER
「13歳で単身上京。そして、思春期の寮生活」宮脇詩音   Influencer Girl
今回は、あの人気ドラマ「暗殺教室」の主題歌を歌うアーティスト宮脇詩音さんをインタビュー!2019年11月2日から放送のAbemaTV「こじらせ森の美女」にも出演し、大注目のアーティストです♡

記事は、月曜日~金曜日まで毎日連続配信です。



文章:宮脇詩音
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「忘れられなかったのは”彼”じゃなく、彼との思い出だったのかな」宮脇詩音   Influencer Girl  - BLANCA

前回の記事はこちら♡

前回の記事では、宮脇詩音さんの恋愛ソングについてお伺いしてきましたが、今回は少しセンチメンタルなお話を、、、♡
"幼い頃、育った町。
変わらない景色… 変わらない風の匂い…
いつも歩いていた坂道は、
昔と違ってとても短く感じる。
自然と思い出すあの頃の自分。
この町は、
大人になって忘れかけていたことを、
思い出させてくれる大切な場所。"


(宮脇詩音オフィシャルサイト セルフライナーノーツより)





私の楽曲の中では、恋愛の楽曲も多いのですがそれだけではありません。今回は、私の故郷に対する想いを書いた楽曲をご紹介したいと思います。

「坂道」リリックビデオ

私は長崎県諫早市で生まれ、6歳から13歳までを長崎県大村市で過ごし育ちました。

そして、私の名前となる「詩」に「音」と書いて詩音(しおん)
音楽好きな両親が「音楽の素晴らしさを知ってほしい」と願いを込めて付けてくれた名前です。

そんな両親の元に産まれた私は、小さい時から自然とテレビの前で体を動かしたり、歌ったりするのが大好きな子供でした。

3歳の頃、地元の小さな商店街のお祭りで、お母さんと手を繋ぎカラオケ大会で歌ったり、テレビを見てダンスを真似して踊ったり、小さい頃から音楽が大好きな子供でした。

小学3年生の時、そんな音楽好きな私を見ていたお母さんが「ダンスと歌を習ってみる?」と提案してくれて、少し遠かったのですが地元長崎にあるダンス&ボーカルスクールへ通い始めました。


当時、父がCDショップで働いていた事もあり、よく「この人の声詩音に合うんじゃない?」と色んなアーティストさんの楽曲を持って帰ってきてくれて、それを自分で歌ってみたり、スクールで練習したりするのがとても楽しく、そこから歌手になるという夢を持ちました。

母も父も仕事をしていた為、とても忙しい中、私を往復3時間かかるスクールまで毎日のように送り迎えをしてくれていたのは本当に大変だったと思うし、感謝の気持ちでいっぱいです。

スクールでは、歌やダンスのレッスンは勿論、実際にステージに立ってお客さんの前で歌うイベントにも出演していたりしていました。

他の習い事は、ピアノと水泳を通わせてもらっていたのですが、私の中で歌やダンスで表現することが一番の楽しみだったと思います。

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12歳の時に受けたavexのオーディションをキッカケに、13歳で単身上京しました。
事務所が用意して下さった寮に住み、中学に通いながら、夕方からは毎日のようにダンスや歌、演技、モデルウォーキングなどなど様々なレッスンが待ち構えていました。
当時、親元を離れ東京で過ごす事に不安は無かったかというとそうではなく、寂しい思いはありましたし、長崎の空港に両親が見送りに来てくれた時には、ひとりになった飛行機の中でずっと泣いていました。
ですが、自分の中で寂しさよりも楽しみも沢山あって、すぐに東京での生活には慣れました。



当時オーディションの同期では今大活躍しているAAAさんがいて、レッスンも他の先輩方と一緒にさせて頂けていたり、とても恵まれた環境の中で色んな事を学ばせて頂きました。

そんな私にも反抗期というものが来て、毎日学校に通い、レッスンに行くという過酷なスケジュールがある日とてつも無くしんどくなり、学校にもレッスンにも行かなくなってしまった事もありました。
勿論学校に行かなければ、当時の事務所の担当者さんに先生から連絡が行き、担当者さんから、長崎にいる両親にも連絡が行きます。

寮での生活費、レッスン費用を支払って下さっている事務所としては、私が不真面目になった事で困らせてしまい、度々両親が長崎から遥々東京の事務所まで頭を下げに来てくれたりもしていました。


そんな両親の思いに当時反抗期の私には気付けることもなく、沢山悲しませてしまっていました。
今では懐かしいガラケー。その携帯に母はリミットプラン(料金の設定制限を越えると携帯が止まる)をつけて私に持たせてくれていたのですが、私は寂しさから友達とかと連絡をとりまくり、制限オーバーして携帯が止まると、母に「携帯動かしてよ」と文句の電話を何回も入れたりと、両親が払ってくれている携帯代のお金の事を気にもせず困らせていました。

今思うと、両親が一生懸命働いて稼いだお金で色々捻出してくれていたのに、本当に申し訳ない事ばかりしていたなと思います。


15歳の時、高校入学と共に、私の夢を全身全霊で応援してくれている家族(父、母、弟)は、東京に出てきてくれ、一緒に住もうと声をかけてくれました。

父も母も仕事を辞め、一から新しい仕事を探し、弟も小学校を転校し、家族全員でわたしの夢を応援し、再スタートを切ってくれたんです。

それから家族と一緒に住むようになり、家族と離れ離れだった時間を埋めながら、家族に支えられながら歌手になるという夢を追い続けました。


"もう飽きるほど 歩いた坂道
なんだか恋しくなるから
今も変わらずにいれるこの町は
私の帰る場所で あり続けてくれるの
"おかえり"に包まれていく"


(歌詞抜粋)​


長崎で生まれ、長崎で育ち、長崎でアーティストになるという夢を見つけた私。
私にとって長崎という町は、初心の気持ちを思い出させてくれる大切な町です。

今では年に一度か二度ほど帰省しています。

アーティストとしてデビューしてからは、長崎にイベントをしに行けるようにもなりました。
長崎県といえばのハウステンボスや、私が育った大村市でのイベントなども出演させて頂き、その度にこの「坂道」を歌わせてもらっています。

私の原点長崎で歌えること、過ごせることは、私自身の力にもなり、まだまだ頑張ろうと奮い立たせてくれる大切な町です。

家族は今東京で一緒に暮らしていますが、長崎には祖父や親戚も居て、毎回私の帰省を楽しみにしてくれています。
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大好きなおじいちゃん。

「坂道」は、私が住んでいた家のすぐ近くの坂道を描いた楽曲で、あの頃、小さい頃は通学するたびに長く感じたあの坂道が、今大人になってみるととても短く感じるんです。
体の成長もありますが、きっと心の成長もあるからこそ感じることなのかなと思っています。


帰るたびに"おかえり"と声をかけてくれる長崎の町。温かい長崎の人たち。そんな長崎県が私は大好きです。

そして、いつもどんな時も支えてくれる家族には、本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。そんな家族への感謝の気持ち、そして故郷への想いを歌詞にしました。「坂道」是非聴いてください♡

BLANCA編集部:

デビュー前の苦労から、ふと気付けた家族や地元への思いを込めた、大切な曲を紹介してくださいました。
「詩音」という名前に込められた両親の想い。それは、彼女がここまで頑張れる糧の一つだったんですね。時に厳しく、時に優しく育てられた詩音さんだからこそ、こんなに感情を言葉に変えていく素敵な力が育まれていったのでしょう。

故郷を持ち、夢に向かって頑張る貴方の支えになる曲になるだと思います。
彼女のツイッターやインスタグラムもチェックしてみてくださいね♡
次回はラスト!10/25 20時〜配信予定です!
お楽しみに。

BLANCA編集部でした〜!!