\こんなはずじゃなかった!/無痛分娩にしたのに激痛。。その理由とは?

2019年5月9日 更新 FAMILY
\こんなはずじゃなかった!/無痛分娩にしたのに激痛。。その理由とは?
2008年夏。私は長男を無痛分娩で出産した。最初は無痛にするつもりはなかったが、余計な力がはいりすぎて危険だと判断されたため陣痛の途中で切り替えた。無痛分娩はすごい。本当にすべて無痛だ。ハサミで切った所を縫うときまで無痛だった。痛みにめっぽう弱い私は、もし2人目を授かったらまた無痛にしようと決めていた。当時は2歳差で考えていたが、少し遅れて3歳差で2人目を妊娠することができた。

人生2回目の無痛分娩。

長男は2500グラム以下で産まれて少し小さめだった。2人目も同様に少し小さめだけど、順調に育ってくれて胎動も激しい。あばらのあたりを毎回蹴られて痛いくらいだった。出産の日がせまってきた。無痛分娩は入院の日を先に決めてしっかり用意をして病院にいき、促進剤を使って陣痛をおこして出産をする。私は2回目の出産で、余裕を持って用意できるのもありかなり落ち着いていた。3年前の痛みがどんなレベルだったのか不思議とリアルには思い出せない。ただ、もがき苦しむほど痛かったという事実だけは覚えている。でも、大丈夫。なぜなら今回私は、最初から無痛分娩でお願いしているからだ。

無痛なのに痛みに耐えて…なんで?

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入院の説明の日。どんな流れでお産をするのか説明をうける。私は大体のことはわかっている。産婦人科も前回と同じ。無痛分娩であることも同じ。痛くないのもわかりきっている事だ。助産師さんが話すことをとりあえず聞いていた。『陣痛が来てきちんと等間隔になるまでは痛みに耐えてもらいます』と助産師さん『え!!!!』と私は声に出てしまった。顔は笑顔を保っていたが、多分きっと引きつっていたと思う。

痛すぎて泣いた。無痛分娩の盲点。

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入院の日。私はベッドの上で布団を丸めて抱え込んで陣痛に耐えた。マタニティの雑誌に書いてあった楽な姿勢などを駆使して我ながらうまく耐えられたと思う。ここまでは我慢できた。2回目という心の余裕も大きかったと思う。麻酔をかけてもらった。痛みがスーッと無くなっていく。ここからはもう大丈夫。時が来るのを待つのみだと思っていた。だけど時が経つにつれて前回とは明らかに違う痛みが私を襲った。

『いたいいたい!!なにこれ…!!!!』あばらのあたりが引き裂かれるくらい痛い。陣痛の波と一緒に声を出して泣くほどの激痛が走った。何回もナースコールを押す。でも深夜だからか、私が経産婦だからか、全然助産師さんは来ない。もうこれ以上痛くなったらダメかも…と思った頃やっと助産師さんがきてくれた。『ごめんね〜あらもう頭が出てきてるから産まれるよ〜』もう全然無痛でもなんでもない、2回目の無痛分娩が終わったのだった。

あばらのヒビ、骨折にはご注意を!

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こうして元気な娘を産んだ私。後から振り返ると、妊娠中赤ちゃんがよくお腹を蹴るようになってからずっとあばらの同じ場所を蹴られていた。妊娠中はちょっとだけ痛いくらいだったのが、陣痛によって痛みが倍増して泣くほど痛くなったのだ。肋骨の骨折は治療法が無く、放置して治るのを待つと聞いたので特別病院にはかからなかったが、多分ヒビが入っていたのではないかと思う。

私と同じように無痛にしようと考えている方も、もしかしたら痛くなる可能性もあるのでぜひ参考にして頂きたい。これから出産という方には不安にさせるような文章になってしまったけど、案ずるより産むが易し!痛みに弱い私でも耐えることができたので、絶対に大丈夫。赤ちゃんと一緒に耐えられると信じて、のぞんでいただければと思う。