育児書通りにいかない子育て。完璧すぎた家族像

2019年6月21日 更新 FAMILY
育児書通りにいかない子育て。完璧すぎた家族像
夢中で育児をしていると、知らず知らずのうちに疲れが溜まっているもの。母親だからこれくらいは当たり前のことだと、身体のサインを軽視しすぎていませんか?

今回は、育児で溜まった疲れを放置しているうちに陥った、負のサイクルとそれに伴うトラブル。そしてその解決までの一連の出来事を私の実体験と共に紹介させて頂きたいと思います。

理想の家族像の実現できる時がきた!と思っていた

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皆さんはどのような母親、家族の形を理想としていますか?

私は子供を産む前に思い描いていた理想の母親・家族像として(様々なCMやテレビ
ですり込まれたのかわかりませんが)優しく穏やかに微笑む母親とニコニコとした可愛らしい子供、優しく安心感のある父親。家族全員が整った髪でシワのない服に身を包んでいる。

そして、そんな家族が集う家は清潔で正しく整頓されており、ゆったりと穏やかで温かい空間が流れている、と考えていました。大家族で育ったので一般的な家族とは、そういうものと思い込んでいました。

母親や家族になると、当たり前のようにそう出来ると思っていたんです。


また、それと同じように”赤ちゃん”とは小さな口で母乳やミルクを飲み、あやせば可愛い笑顔を見せてくれて抱っこすれば寝入る。
それこそ1日のほとんどを寝て過ごしているといった印象を持っていました。

幼少期に母親の小言に対し疎ましく思っていたので、私は「愚痴る母親にならずに、子供と一緒にアクティブにでかけて楽しむ、かっこいいママになろう!」と、楽しい生活ばかり考えていました。

出産後に直面した現実

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出産し、退院後すぐにその思い描いていた考えが甘かったことに気が付きました。
まず私が驚いたのは新生児の身体の小ささ。

10ヶ月間もお腹の中にいて、臨月には私のお腹は大きなスイカほど大きくなっていたので、むっちりとした赤ちゃんを自然と想像していましたが、いざ生まれた赤ちゃんは小さく、細い手脚をしていました。
呼吸も大人のように安定した呼吸ではなく、常に力が入ったように口を動かしているので一見苦しそうにも見えました。ちゃんと呼吸ができているのか、と何度も確認した程です。


そんな、触れるのも扱うのも心配になるほどのか弱い赤ちゃんを産み、新米の母として目の前の赤ちゃんを生かすため守るために、出来る限りの神経を研ぎ澄ませ右往左往しながら育児に奔走しました。
赤ちゃんにも当然個性があるので、育児書通りにならないことが色々と起き、そのたびに不安と緊張が頭の中いっぱいになりました。

育児書外の出来事に混乱する日々

私が読んでいた育児書に書かれていなく、私が実際に不安に感じたことを紹介したいと思います。

1 「生理的体重減少」
新生児は生まれてから1度哺乳の弱さや排せつ、汗、胎内でふやけた状態での水分の蒸発などのために軽くなることがあり、それを生理的体重減少というようです。

2 「新生児黄疸」「母乳性黄疸」
新生児は内臓の機能が未熟なため、赤血球が壊されることによって作られるビリルビンの排泄が上手く出来ず、黄疸にやりやすい状態になるようです。

3 「臍ヘルニア」
症状としては、お臍が飛び出すように出ている状態になります。

治療の一つで、お臍に丸いコットンとラップのような医療用のシールを貼ることがあります。小児科の先生からの説明では、お臍の奥にあるお腹の穴が通常なら自然に塞がるがなんらかの原因で塞がらない状態であるために、腹圧でその穴から腸が臍の方まで出てきてしまっているためでべそのようになるとのことでした。

お臍の皮膚が切れてしまったりしたとき、腸が直接ダメージを受けてしまう危険性があり、消化器官である腸がダメージを受けると、芋づるに大変なことになってしまうので気を付けてください。と説明されました。


これら以外にも細かなことですが爪の伸びるスピードの速さ、授乳の時間の間隔、睡眠時間のばらつき、授乳後に吐き戻しをしないために行うのゲップなど、膨大な数になります。


始めての育児に緊張していたので、頭の中で予行練習をしてから行動に移すことで不安な心を落ち着かせていました。そのため予期せぬこと、予行練習ができていない出来事に直面すると、不安に押しつぶされそうなほどでした。(今思い返し考えてみると産後のホルモンの急激な変化で普段以上に神経質になってしまっていたのだろうと思います。)

完璧過ぎた理想

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心配性な私が常に恐れていたのは、身近で起こる可能性のある事故でした。防ぎようのない不慮の事故もありますが、吐き戻しや寝返り、ミルクの吐き戻ししたものを拭くために顔周りに置いておくガーゼなど、本当に些細な事で起きうる窒息事故。
毎日毎時間毎分毎秒、最悪な事態が現実にならないよう意識が集中し、毎日「こうしなければ」といったことが尽きず、ふと気が付けば1日パジャマだったり、髪をとかしていない等、自身のケアに意識が回らなかったり、整理されていない部屋が私を取り囲んでいました。

”赤ちゃんのいる生活”で理想としていた生活の実現は、私が考えていたよりもずっと難しく、「1つも完璧にはこなせていない自分はダメな母親だ」「こんな不完全な親を持ってしまった赤ちゃんはなんて可哀相なんだ」と、悲観的に思うことが多くありました。

暴走する育児

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インターネットが普及した現代では、ごく当たり前のように調べれば答えが見つけられるようになっています。その便利さは育児初心者の私に強い安心を与えてくれることがほとんどでしたが、裏を返せば調べることを怠ることは保護者としての怠慢ではないのか、と逃れられないプレッシャーを感じていました。

仕事と違いタイムカードのない母親業では、休みを取るタイミングは全て自分で決めることになります。育児に関しては、無理を続けることが母親の美徳だと思い「休み」を素直に取ることが出来ませんでした。


疲れが蓄積していく日々の中、余裕が生まれるはずもなく夫とも衝突するようになっていきました。自由に飲食でき、仕事の関係とはいえお酒を飲んで帰ってくる夫の生活ぶりを見ているだけで不快感を覚えていくのです。

頭では夫の仕事を応援するべきだとわかっていても、溝が深まるばかり。仕事・趣味・睡眠・食事・行動など生活の全てを制限されている私に対して、夫の理解が乏しく、配慮が足りないと不満しか抱けない状態でした。

家族として信頼し会話をする大切さ

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ある日、半身の皮膚の違和感から始まり脚にはブツブツとした発疹が。受診すると帯状疱疹ということが発覚。年齢的に帯状疱疹になるのは珍しいとのことで、疲れから体力の低下が疑われるので休息を取るように言われました。
また帯状疱疹は「子供へ感染すると水疱瘡になるので、気をつけて下さい」とも言われました。

この病気になり、水疱瘡の感染を恐れ半ば強制的に息子から離れる時間ができたこと、夫の協力を得れたこと、そして地域の一時預かりの利用をする事で休息の時間ができたこと。

なにより休んでいいとお医者さんに言われたことで休むことや一時預かりを利用することへ罪悪感があまり生まれなかったことが功を奏し、音楽を聴きながら街を1人で歩いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が緩まるのを感じました。


完璧を追い求めるあまり塞ぎ込み、協力者であった夫を敵として判断してしまっていた私。

母親からすると夫が行う子供の世話はもどかしく、足りないようにも映るかもしれません。ですが、完璧な育児や世話を目指すのは際限がなく、「世話をする側の子供への気持ち」を先ず1番に大切に、追い詰める育児ではなく楽しむ育児、幸せな家族の形を求めることに気が付くことができました。

これを読んでくれた母親の皆さんは、普段息抜き出来ていますか?
休むということは人にとって必ず必要なもの。例えお医者さんに休んで下さいと言われたとしても休めない現実。そんな時は一時預かりを利用したり、ベビーシッターを雇うなどしてゆっくり休息をとるなど、24時間営業の母親に「手放しに休む時間」としてリフレッシュを確保してみてはいかがでしょうか?