生まれ育った故郷や実家を離れて暮らすということ

2019年10月17日 更新 FAMILY
生まれ育った故郷や実家を離れて暮らすということ
キラキラするだけが人生じゃない。現実は過酷で、むしろ辛いことの方が多い。離れていると良くみえていたものも、良いことばかりじゃなかったことに気付く...。

今回は誰にでもある故郷。生まれ育った町や家族の住む実家。そんなどこかセンチメンタルな話をしていきたいと思います。

地元を離れたのは約20年程前

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今から約20年程前。わたしは18歳の時に、故郷である四国の愛媛県松山市を離れました。そして故郷を離れ今年で39歳になる年です。あっという間に月日が流れました。

時間があればとにかく実家に帰省していた私

今でさえ海外旅行などよく行くようになりましたが、約2年程前までは仕事が休みに入るたび、旅行など行かずに実家によく帰省していた時期がありました。

海外旅行など自分の為に時間を使おうと思い始めたのが約2年程前(2017年)からで、それまでは、ひたすら帰省して実家に顔を見せるようにしていました。そうしていたのは、やはり家族や親族に会うため。元気でやっているよと、顔を見せることによって親に安心してほしいから、出来るだけそうしようという理由からでした。

家庭を持つなど色々な状況が重なり帰省の頻度は徐々に減り始める

私も年月を重ね家庭を持つようになり、一人で身軽に帰省していた頃に比べるとなかなか自由に身動きを取れない状態に。

2年に一度程は帰っていたと思いますが、それでもあまり帰れなくて申し訳ないなという気持ちがありました。その中で離婚を経験しシングルマザーになったこともあり、忙しさを理由になかなか実家に帰れずにいましたが、これまで頻繁に帰っていたので逆にしばらく帰省しなくても大丈夫なんじゃないか?これからは自分の時間は自分に使ってもいいんじゃないか?と思うようになりました。

離れていると、綺麗にみえるもの

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私が故郷から離れて20年程経ちましたが、両親はそれぞれにジムに通ったり、たまに旅行に行ったり飲みに行ったりしていて楽しんでいる様子だったので、今まで頑張ってきた分好きなことをしてキラキラした生活を送って、みんな仲良く幸せに暮らしているのだろうと思っていました。

久しぶりの帰省で見えてきた現実。

離れていると、何事もないようにみえていましたが...。私が実際にいつもより少し長く、一週間程帰省した時にみたもの、聞いたこと。それは、想像していたものとは少し違ったものでした。

例えば、家族や親族間のすれ違いやトラブルがみえてきたり、誰かが誰かの不平不満を言っているのをよく耳にしました。両親は、過去に飲食店を経営していましたが、当時のお客さんたちとは家族ぐるみで出掛けたりする仲でしたが、みんな次々に亡くなっていたこと。病気になって手術したり、鬱病になっている人も。仲が良かったのに疎遠になった人たちも。

そして私の母は、現在叔母さんのお世話をしています。(叔母さんというのは、母のとても大切な、実のお姉さんのこと。)よく話には聞いていましたが、私が聞いていた話によると、週に3.4回程通ってお世話をしていると言っていました。ですが、実際には母は、週のほとんどの時間をそれに費やしているようでした。

2019年8月、私は、叔母さんのお手伝いをすることも兼ねて一週間程帰省しましたが、母は、自分が遊びに行く時間ももたず、ずっと叔母さんのお世話をしていました。病院をタクシーでハシゴしたり、炊事、洗濯、身の回りのことを。叔母さんのお世話をしない日でも、突然の呼び出しにも対応できるように予定は極力入れない。一日中叔母さんのお世話をする日も多い。

なので、大好きだった夫婦での旅行も数年行っておらず、たまの息抜きには温泉に行ったり、買い物をするといった様子でした。

母は、叔母さんだけでなく、去年亡くなった叔父さん(母の実のお姉さんの旦那さん)のお世話もずっとしていましたから、もう何年もそういった生活をおくっていました。また母は、車を運転できないため、いつも、原付バイクで叔母さんのところへ通うのです。時には雨が降る日にも。ほとんど誰かに手伝ってもらうことなく、たった一人で...。

そして母は、自分自身の眼の手術もおこなっていました。二度の手術をしましたが、二度目は、私が帰省した時のことだったので、送り迎えができました。しかし、一度目の手術のときは、一人で病院に行き、看護師さんたちに心配されながら、それでも一人でフラフラしながら家に帰ったのだそうです...。

母は、ほとんどを一人で頑張っていました。母と娘なので、話しをする機会が多く、たまに電話でやり取りしていますが、母の口からは大した不満も聞いたことがなかったので、ここまで大変な生活をしていたとは思いませんでした。

もともと母は、人に頼ることが出来ない人間なので、自分一人である程度やろうとする傾向があります。そして、何があっても耐えようとします。私も昔はそうでしたが、母は、昔も、今でも、ずっと耐えているように感じます...。思えば、今は離れているからか、たまに会う時にはいつも笑顔だけれど、実際には、そうじゃないことのほうが多かったように思います。

...故郷から離れたところに住んでいる私には、知らなかったことが多かったのです。母の表情の変化や思想に気付き、同時に、もっと協力出来る人は確かにいるのに、そういった人が今より少しだけ助けてくれたらいいのに、どうしてだろう?と思う気持ちもこみあげてきました。でも、それも離れている私にはわからない理由があるかもしれない。なんとも言えない感情になりました。

後悔のないよう過ごして生きていきたい。自分のためにも。

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私は、これから子ども達が大きくなっていくなか、私の自由な時間が増えていくので、今後は、また時間ができたら出来るだけ帰省して、家族や親族と過ごしたいと思っています。

故郷の現実をみる前までは、これからは自分の時間を軸に、もっと楽しんでいきたいと思っていましたが、今は、また時間があれば帰省しないとなと、思っています。私も、もう、こういったことを考えていかないといけない年齢になったということですね...。

故郷に帰ったときには両親と出かけたり、叔母さんのお手伝いをしたり、兄弟と過ごしたり。友人とも過ごしたい。とにかく後悔は出来るだけしないように生きていきたいのです。

長くて短い人生で、一体あと何年、自分自身と大切な人たちが健康で一緒に過ごすことができるのでしょう。あのとき、こうしてあげればよかっただとか思いたくないし、助けてあげられることは協力したいのです。

これを読んでいただいている、故郷をこれから離れる、または離れている方々も、忙しくてもどうか後悔のないよう、故郷の家族や親族との時間をどうぞ、大切にお過ごしください...。