50代の転機。モデルになった私(1)

2019年7月19日 更新 BEAUTY・HEALTH
50代の転機。モデルになった私(1)
乳がんサバイバーのleokoです。
夫の事故、乳がん、パニック障害と災難続きで出口の見えないトンネルの中にいた私。

長年続けてきたことがきっかけで、トンネルの闇から抜け出すことが出来たのです。
人生何が起こるかわからない!と思った出来事を綴ります。


合わせてこちらの記事をご覧ください。

もうオバサン?緩んだ私

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10年前、既に40代になっていた私は日に日に肌も衰え鏡を見てもガッカリする毎日。写真も嫌いになっていました。醜いから写りたくないのです。思い返せば毎日の肌の手入れは今よりも適当、基礎化粧品の成分にも無頓着でした。

当時、私の中での40代は〝もうオバサン〟のイメージでした。オバサンはオシャレから遠のきます。洋服はAラインワンピース!楽チン優先です。専業主婦の私は普段はスッピンでいることが多くなり、ちょっとそこまでは帽子にマスクでごまかします。夫と出かける時もデートとは呼べない姿でした。

当然体重は増え続けお腹はボヨヨン状態に。いざ出かけようとしても入る洋服がありません。あたふたしたことを思い出します。とにかくゆるゆる主婦になっていたのです。

笑顔で美しい女性は、年上だった

ゆるゆるで覇気のない生活が当たり前になっていたある日、新聞に入っていた一枚の折り込みチラシに目がとまりました。そこに写る笑顔の素敵な女性、年齢を見て驚きです!若々しいその女性は私より10歳も年上の50代だったのです。衝撃でした!

その女性が勧めるコラーゲンドリンクに興味を持つのは当然の流れで、チラシを眺めること数日。迷いながらも電話をかけたのです。定期購入の始まりです。

忘れかけていた美容に意識が少しずつ向き始めました。間違った年齢解釈、オバサンイメージの払拭です。

その頃から続けているのが毎食前に飲むトマトジュース!抗酸化作用にはリコピンと知ったからです。他にも美容にいいと聞いたサプリメントは色々と飲み始めました。

美容にアンテナを張り巡らせる生活がはじまったのです。

美しい人たちと出会い意識が変わる

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夫の事故、乳がん、パニック障害と災難続きの私でしたがそれでもコラーゲンドリンクは続けていました。一度始めるとしつこいのです。定期購入も10年になっていました。

肌の変化を感じると鏡を見る回数も増え、益々美容に意識が向きました。出不精になっていた私が美容イベントに参加し始めたのです。かなりの進歩です。

美しい方々の姿に刺激を受け気分が高まったことを覚えています。同年代のキラキラした女性は〝オバサン〟とは違っていました。私もこんな風になりたい!とハッキリ意識がかわった瞬間です。

外へ出向いたことで違う世界を知り、トンネルの先に微かな光が見えたのです。

突然の雑誌の出演依頼


イベントに参加していると顔見知りも出来ます。美意識の高い人たちとの時間の共有は、私には何よりの刺激になっていました。

そんな矢先、突然転機が訪れたのです。10年前に見た折り込みチラシの会社から美容会報誌の出演依頼が届いたのです!

「えええーーー!!!!!」


私の日々の生活や美容法についての取材、見開きページに写真と共に載せていただけるというのです。驚きです!この私が???

人生何が起こるかわかりません。10年前ゆるゆるだった私の意識を変えた折り込みチラシ、その会社の愛用者モデルにお誘いいただけるなんて、夢にも思っていませんでした。続けてきたことが実を結んだのです。浮気もせずに10年続けていたらご褒美をいただけたのです。

お姫様気分で初めての撮影

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先ずは電話取材。緊張しながらも質問になんとか答え、次は撮影本番です。

当日通える距離にも関わらずホテルを準備いただき前日からの前乗り。撮影は松濤という高級住宅街のハウススタジオで行われました。ヘアメイクはメディアでもご活躍の方です。いたれりつくせり、夢見心地です。

スタッフの方々はおだて上手で、お世辞だとはわかっていても褒められると気分が上がります。

「わーキレイ」

「その笑顔ステキ」

私に向けられる言葉の数々、普段の生活からは想像出来ません。お姫さま気分でした。


その時に掛けられた〝ある言葉〟が私の未来を変えることになったのです·····。

(2)へつづく