【自己理解と成長①】コンプレックスから”普通”に憧れた思春期

2019年10月24日 更新 BEAUTY・HEALTH
【自己理解と成長①】コンプレックスから”普通”に憧れた思春期
「自殺」と書くと物騒な言葉だと感じられるかもしれませんが、私は「自殺」がそこまで特殊な人たちのみが行うものとは考えていません。
自分のことを大切に思ってくれている人がいること、自分だけに課された環境ではないことが例えわかっていても、やはり辛いとき、苦しいときは孤独を感じ結果的に「自殺」を選択してしまうということもあるのではと思っています。

また大型連休後には自殺率が急増するとニュースで放送されていたことをきっかけに、今回は悲しい選択をする人が1人でも、少しでも心が救われるようにと私なりに願いを込めて書こうと思いました。

若い世代の深刻な問題

悲しくなることって誰だってありますよね。
人に傷つけられたり、裏切られたり、傷つけてしまったり、場合によってはもう再起不能…と思い詰めてしまうほど苦しんだり。

大人になったらきっとそんな感情になることもないだろうと思っていたけれど、大人になってみたらまた違った事での悩みが発生した…なんて。
そして、その延長線には切っても切り離せない、自殺という悲しい選択をしてしまう人がいることも事実なのです。

日本以外の先進国でも第3位に入る!?

自殺大国日本と言わずと知られ大きなマイナスな面を持つ日本ではありますが、多感である若い世代の自殺という問題は日本に限ったことではなく先進国ではどの国も上位にランクインしています。
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しかしながら、厚生労働省によって発表されている自殺対策白書の資料からの抜粋を見てもらってもわかるように日本の1位の死亡率は他国と比べても非常に高い水準と言わざるを得ません。(韓国も同等)

言葉が持つ重要さに気が付きにくい年代?


10代のような若い頃は「死ぬ」「死ね」なんてことを友達同士でも軽々しく冗談として口にしていたようにも思いますし、言われたようにも思います。しかし大人になった今、気が付けばそんなことを口にすることも、口にされることも無くなりました。

それは年を取るごとに「命の尊さ」に関して学べたこと、また個人を尊重しているために言おうとも思わなくなるのかもしれません。また社会に出ると発した言葉に対して責任が発生することは勿論、発した言葉は自身の印象に繋がることもあるので大人になると自然と暴力的な言葉などは避けるようになるのかもしれません。

中学で感じた違和感

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私は7人兄弟で祖父母も一緒に住んでいたために11人家族という大家族といった環境で育ちました。そのため一生懸命稼いでくれた親には申し訳ないですが、やはり周囲の子たちに比べると生活に余裕はなかったように思います。中学に入り毎日着ていく制服も、兄のお下がり。体格の違う男の制服を無理やり詰めて使っていたので、私と姉の着ている制服は明らかにいびつで不格好なものでした。

一方、同級生は当然、新品で綺麗に採寸された制服。そのピカピカな制服からは綺麗に整理された家があり、整頓された自分の部屋があることが透けて見えるようで、とてもうらやましく感じましたし自分の特殊な家庭環境をとても恥ずかしく思うようになりました。

沢山いる兄弟と毎日活発に遊んでいた為、兄弟間でも自分自身でも性別を意識しておらず「女の子」というものを、知らずに育ったようにも思います。
小学校までは全く意識していなかった「同級生との家庭の違い」や「女の子」という定義。
この感覚のズレが中学になり同級生との関係を築く際、大きな違和感として表れてしまったのです。

「一般的」や「普通」への強い憧れ

中学に入り、女の子になっていく周囲。あまりにも違う価値観のズレを感じていた私は必然と「一般的」や「普通」というものに強い憧れと、自分にズレを生じさせた大家族という特殊な境遇に対して強い劣等感を覚えていきました。

普通でない家に生まれ育った自分が、みんなと同じことを思ったり考えたりする「資格」がないといつからか思うようになっていて、同級生との会話で私が「わかる」と言えば、歯が浮くような嘘っぽい感覚を覚えていました。

苦手になっていく同級生。これってイジメ?

女の子になりきれない私は、同級生の女の子らしい会話がどんどんと苦手になっていきました。
そうして、今思い返せば自ら壁を作っていたのかもしれません。
気が付けば私は同じ班の女の子2人から完全にシカトされるようになっていました。

「いじめ」というものは教科書にカッターの刃が入れられていたり、上履きや靴が隠されるなどといったことだと思っていたので、暴力や脅威にされることなどされないシカトは特にいじめだと認識していませんでした。

しかし、暴力などがされないといっても心理的には不快に思うことは数え切れないほどあり、毎日深く傷ついたのを覚えています。

初めて選んだ逃げるという道

勇気を出して登校しても、シカトする2人の女の子とは同じ班。そのため授業のプリントの作業や昼食など毎日関わりを持たなければなりませんでした。机は数センチ離されチラチラ見てはクスクスと笑う。
学校なんていざとなれば休むこともできる。

しかし、休んでしまったら「友人関係で学校を休む」という逃げるというダサいレッテルを背負ってしまうと思い、休むことはできませんでした。登下校を共にする小学校からの仲のいい友達や、放課後の部活動での友達とは仲が良く楽しい時間だったということも休むことを選ばなかった理由でもあります。

ですが、私は1度だけ休んだことがあります。修学旅行か林間学校だったか忘れましたが、そのクスクスを笑う班が同じ子達と一緒に行動しなければならない2泊3日の校外イベント。
裕福ではないので入金してくれた親には申し訳なかったですが、当日の朝、目が覚めると同時に不快な思いをしになぜわざわざ遠くまで行かなければならないのだろうと急に思い、仮病を使ったのを覚えています。


当時の私は行動に対し自身の判断することができず流れるがままに行動していたので、この「休む」という判断と行動に移せたことは、勇断だと思っています。
「逃げる」=「ダサいレッテル」ということではないと、今はっきりと思えるからです。

「自分らしさ」を学ぶ

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中学という多感な時期は、私だけでなくきっとみんなが毎日様々なことで悩むのだと思います。
私も気が付けば自分自身に足りないものは何なのかと常に考えるようになっていました。そして自分の足りない部分が明確になっていくのでした。
会話や言葉のチョイスの下手さ、引き攣る笑顔、無理に馴染もうとして不自然な同感をしてしまうこと。
そのほとんどは自信の無さから来ているようにも思えました。
みじめな中学校生活を過ごした経験から、私は高校に入り1つずつでも克服をしようと決意し、性格改善をしなければいけないと思っていました。そのため新しく始まる高校生活は楽しみでありながら不安でもありました。

ですが1番初めにとてもいいことがあったのです。


続きは、明日公開。

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